「明治生まれ」と聞くと、かなり昔の時代を想像する人が多いでしょう。明治時代は1912年に終わっているため、現在では明治生まれの人はほとんど残っていません。
ところが、2026年9月現在、年齢が確認・認定されている人物の中には、まだ明治生まれの方が5人います。
しかも5人は日本だけではありません。イギリス、アメリカ、イタリア、日本、フランスと、世界各地に暮らしています。
ここでは、現在も生きている明治生まれの5人について、誕生日や国籍とともに紹介します。
| 名前 | 生年月日 | 国 | 日本の元号 |
|---|---|---|---|
| エセル・ケータハム | 1909年8月21日 | イギリス | 明治42年 |
| ナオミ・ホワイトヘッド | 1910年9月26日 | アメリカ | 明治43年 |
| ルチア・ラウラ・サンジェニート | 1910年11月22日 | イタリア | 明治43年 |
| 岸本ふよ | 1911年12月20日 | 日本 | 明治44年 |
| マドレーヌ・デラモニカ | 1912年7月23日 | フランス | 明治45年 |
この5人を誕生日の順番に並べると、明治42年、明治43年、明治43年、明治44年、明治45年となります。つまり、明治42年から明治45年まで、途切れることなく現在まで生存者がいることになります。
エセル・メイ・ケータハムさんは、1909年8月21日生まれのイギリス人です。日本の元号では明治42年にあたります。
2025年4月30日にブラジルのインア・カナバロ・ルーカスさんが亡くなった後、世界最高齢の存命者となりました。その後、2026年8月21日には117歳の誕生日を迎えています。
現在の年齢認定機関による記録では、ケータハムさんは1900年代生まれで最後に残っている人物でもあります。つまり、1900年から1909年までの10年間に生まれた人の中で、現在確認されている最後の生存者です。
さらに興味深いのは、ケータハムさんが生まれた1909年という年です。
1909年8月21日に生まれたケータハムさんは、伊藤博文がまだ生きていた時代に誕生しています。伊藤博文が亡くなったのは1909年10月26日なので、ケータハムさんの誕生から約2か月後の出来事です。
また、ケータハムさんは大韓帝国が日本に併合される前に生まれています。韓国併合条約が発効したのは1910年8月29日ですから、1909年生まれのケータハムさんは、その時代より前から現在まで生きていることになります。
明治時代の末期に生まれた人が、2026年の現在も存命というのは、歴史の長さを実感できる非常に珍しい例です。
ナオミ・ホワイトヘッドさんは、1910年9月26日生まれのアメリカ人です。日本の元号では明治43年にあたります。
ジョージア州の農場で生まれ、幼い頃には家族とともに綿花やタバコの収穫を手伝っていたとされています。その後、シルベスター・ホワイトヘッドさんと結婚し、3人の息子をもうけました。
ホワイトヘッドさんは、2024年10月からアメリカで存命する最高齢者となり、2026年には世界でも非常に高い順位に位置しています。
そして、明治生まれという観点でも重要な人物です。1910年生まれの存命者として、現在確認されている中ではアメリカ大陸で最後の明治生まれの人物となっています。
明治43年は1910年ですが、この年にはナオミ・ホワイトヘッドさんだけではありません。次に紹介するイタリアのルチア・ラウラ・サンジェニートさんも同じ1910年生まれです。
ルチア・ラウラ・サンジェニートさんは、1910年11月22日生まれのイタリア人です。こちらも日本の元号では明治43年です。
イタリア南部カンパニア州のストゥルノで生まれ、農作業をしながら暮らし、子どもたちの助産師としても働いていたことが知られています。
サンジェニートさんは、長寿者の年齢を調査・認定する機関によって年齢が確認されている人物です。現在もイタリアで存命しており、イタリア最高齢者として知られています。
この方について特に面白いのが、明治43年生まれが「世界最後の1人」になっていないことです。
1910年9月26日生まれのナオミ・ホワイトヘッドさんと、1910年11月22日生まれのサンジェニートさんの2人が現在も存命だからです。
そのため、明治42年はエセル・ケータハムさん、明治44年は岸本ふよさん、明治45年はマドレーヌ・デラモニカさんがそれぞれ最後の生存者ですが、明治43年だけは2人が残っているという珍しい状態になっています。
岸本ふよさんは、1911年12月20日生まれの日本人です。日本の元号では明治44年にあたります。
兵庫県浜坂で生まれ、のちに京都府へ移住。学校給食センターで働き、80代半ばまで仕事を続けていたとされています。若い頃から長い距離を歩いて通勤する生活を続けていたことも紹介されています。
岸本さんは2026年8月に賀川滋子さんが115歳で亡くなったことにより、現在の日本最高齢者となりました。
そして、日本国内だけでなく、アジア全体を見ても、現在確認されている明治生まれの最後の存命者が岸本さんです。
つまり、岸本さんが亡くなると、日本から明治生まれの人がいなくなるだけでなく、確認されているアジアの明治生まれもいなくなることになります。
明治時代の日本を直接知る世代が、現在も日本で暮らしているという点でも、非常に貴重な存在といえるでしょう。
マドレーヌ・デラモニカさんは、1912年7月23日生まれのフランス人です。
1912年というと「大正時代では?」と思う人もいるかもしれません。しかし、明治天皇が崩御したのは1912年7月30日です。
そのため、1912年7月23日に生まれたデラモニカさんは、わずか7日後に明治時代が終わるというタイミングで生まれたことになります。
日本の元号では明治45年です。
デラモニカさんはフランスの歴史家・エジプト学者としても知られており、エコール・デュ・ルーヴルでエジプト学を学び、古代エジプトなどに関する著作も残しています。
現在確認されている1912年生まれの存命者は複数います。しかし、その多くは7月30日以降に生まれたため、日本の元号では大正元年生まれです。
そのため、1912年生まれの中で明治45年に該当する存命者は、デラモニカさんだけです。
「1912年生まれ」というくくりでは複数人がいる一方、「明治45年生まれ」というくくりでは1人だけ。この違いも、元号で生年月日を見る面白さの一つです。
5人の生まれた年を並べてみると、わずか3年ほどの間に生まれた人たちであることが分かります。
ところが、2026年から振り返ると、1909年は117年前、1912年でも114年前です。
エセル・ケータハムさんが生まれた1909年には、伊藤博文がまだ存命でした。マドレーヌ・デラモニカさんが生まれた1912年には、まだ明治天皇が在位していました。
この5人は、単に「100歳を超えている」というだけではなく、明治時代そのものを生きた人々です。
100歳を超える人は現在では珍しくありませんが、110歳を超える「スーパーセンテナリアン」となると、その数は大きく減ります。
さらに明治生まれという条件を加えると、対象者はわずか5人です。
現在の5人も全員が110歳を超えているため、今後、明治生まれの存命者が減っていくことは避けられません。
特に元号単位で見ると、明治42年から明治45年までの最後の生存者が誰なのかという記録も、今後変化していくことになります。
なお、超高齢者については、すべての長寿者の年齢が公的に確認されているわけではありません。そのため、ここでは長寿研究機関などによって年齢が確認・認定されている人物を基準にしています。
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2026年9月現在、年齢が確認・認定されている人物の中では、世界に明治生まれの存命者が5人います。
明治42年生まれの世界最高齢者から、明治45年生まれのデラモニカさんまで、5人それぞれに「最後の明治生まれ」と呼べる特徴があります。
明治時代から2026年までをつなぐ、世界でも非常に珍しい5人。今後、彼女たちの世代がどのように記録されていくのかにも注目したいところです。